震える白
うさぎを飼い始めた。
ペットショップで一目惚れしたのだが
病気の疑いがあるということでなかなか引き取れずにいた。
結局病気であっても構わない、ということで里親として引き取ることになったのだ。
生き物には終わりがある。
常日頃から死を意識して生きている私は
絶対に引き取りたいと思いながらも育てる前から終わりを考えていた。
私かうさぎか、わからない。
いつかの別れが怖かった。
彼は初めてのうさぎにたいそう喜んでくれた。
愛おしそうにうさぎを見つめ、甲斐甲斐しく世話をする様子に幸せを感じた。
彼とうさぎを残して仕事に向かい、数時間。
水を飲まないと困っているLINEが届いた。
いつも一言二言連絡の彼から焦った様子の文が届いて私も慌てる。
うさぎについて調べつつ返事を返し、仕事が立て込んでみれなくなった。
それから数時間またたって、携帯をみると連絡が数件来ていた。
電気を消すと少し落ち着いたこと、皿に移し替えると飲んでくれたこと。
彼がうさぎの名を大切そうに呼ぶ動画を見て心がじんわりとほぐれていった。
なんとなく自信がなくて震えていた心が少し落ち着いた。
守るべき大切なものができる。それはとても強いものだ。
心の芯がひとつ増えたような気がした。
まや
灰の香り
暗くどんよりした空を見ながら、暇なバイトの残り時間を数えてただぼんやりとしていた。
最近新しいお薬を始めたけれど、どうにも具合が悪い。
集中できなくて頭に霧がかかるような眠気に襲われる。吐き気が止まらず、急に体の自由が効かない目眩に襲われてゾッとした事もあった。
しんどいな。でもまぁ、どうせ死ぬんだからいいか。
そんなどこか他人事に感じながら吐き気に耐えていると店のドアがガチャガチャと鳴っていた。
入ってきたのは穏やかな表情の老夫婦。
「すみませんね、押戸だと間違えてお騒がせしてしまって…」
気恥しそうに笑う小柄なご婦人と
優しく微笑みながら静かに扉を閉めていた旦那さんを見てけだるい死にたさが少し軽くなった。
「紳士物と婦人物、礼服を二着お願いいたします」
穏やかで柔らかい言葉に心がほぐれる。
いつもはお客様が来ただけで泣きそうになって胸が苦しいのに。
「それでは、またお伺いしますね」
「よろしくおねがいいたします」
ご夫婦は最後まで穏やかな空気を残して出ていった。
旦那さんが引き戸を閉めてから戸を押すジェスチャーをしていて、ご婦人は恥ずかしそうに笑いながら寄り添う。
そしてゆっくりと帰って行く姿を見送った。
受付の椅子に腰掛けるとご夫婦の残した柔らかい空気がまだ残っているようで少し嬉しかった。
私も、あんな仲良くて優しい老夫婦になれたら。
すごく素敵だな。
優しい旦那さん。穏やかな家庭。素敵な子どもに可愛い孫。
普段は二人でゆっくりとすごし、たまに少しだけ遠出もしてみる。
いるだけで周りも優しくできるような素敵なおばあちゃん。
そんな柔らかい妄想は手元から香る灰の匂いでぼやけていった。
礼服を触るのは苦手だった。
特に灰の香りの強い礼服は苦しい。
私も幸せになって穏やかなおばあちゃんになりたい。
その願いよりも
いつか自分が自分でその道を消してしまうという恐れの方が私には現実的に見えて心が冷えた。
私がいなくなったら。
お父さんもお母さんも弟も妹も
彼もこの匂いになるのかな。
私じゃない人で考えるととても苦しいのに
自分で考えるとその辛さが滲んでよく分からなくなる。
その瞬間が、辛かった。
まや
抗うつ薬を飲んで死にたくなった日の話。
私は一年半ほど前から精神科にかかっています。
症状としてはパニック障害予備軍、
ただし貧血によるものの可能性が高いため断定はせず栄養失調の治療優先 という治療をしています。
そんな私の抗うつ薬で起こった辛かった話を記録として残しておきたいと思います。
私は一人暮らしで週4、7時間程度のアルバイトをしながら当時生きていたのですが
死にたい、しんどいという気持ちが日に日に増して外に出れない、朝から涙が止まらない、職場で急に号泣するなど毎日苦しい生活を送っていました。
私の担当医は出来るだけ抗うつ薬、抗不安薬、睡眠薬などは使わず食事や生活リズムを変えて治していく方針なのですが
その私の姿をみて遂に抗うつ薬が投与されることになりました。
私自身薬に抵抗もあり、怖かったのですが少しでも毎日が楽になるならと藁にもすがるような思いで飲み始めました。
飲み始めてから数日、格段に良くなる訳では無いですが気持ちの浮き沈みの振れ幅が少し納まったように思い薬の効果に驚きました。
まぁ、辛い時必死に祈るような気持ちで飲んでいたのもあり思い込みもありつつだとは思いますがそれでも薬があることで楽になると感動し、辛い時は頼るようになりました。
しかし、期待していたような暗い気持ちにならず死ぬ事も考えなくて済むというわけでもなく
暗くも落ち込みも死にたくもなるけど飲まない時ほど落ち込まないという感覚でした。
そんなある日、その日は起きた瞬間からいつもとは桁違いに体が重く起きてしまったことへの後悔が止まりませんでした。
なんで死んでないの、また朝が始まる、今日も自分は気持ち悪い…
早朝5時、まだ暗い外を見ながら泣いて泣いて必死に睡眠効果もある薬を飲んで目を閉じていました。
気がつくと時計は11:00。
重くてガンガン痛む体を起こすと目の前や頭にモヤがかかったような、ぼんやりとした緩やかな欝っぽさを感じました。
そしてその時ふっと思ったのです。
『あ、今日死のう。』
いつもは死にたいと思いながらも体が重くて思いきれなかったり怖くなってしまったり
でもその日は違いました。今日なら死ねる、今日しかないという自信があったのです。
そのままぼんやりと死ぬ為の準備をしなきゃ、と考え通帳や契約書の整理を始めました。
今考えるとなんだかおかしいですが、その時は今そのまま死んだら迷惑かかるから出来るだけ始末しなきゃと本気で考えていました。
そして半分ほど書類を整理した時突然プツンと集中が切れて激しい鬱に襲われました。
『もう無理、死ぬしかない、死なせて死ぬ』
そんな事を1人で騒ぎながら泣いて暴れていたように思います。
どこか冷静な頭がさっさと死ねば楽になると言っていました。
そして近くにあったベルト替わりのリボンを首に巻いて机にかけてめちゃくちゃに締め付けて
気づいたら部屋に倒れていてリボンは机の脚からちぎれて私の首に解けかけながら引っかかっていました。
なんとも言えない疲労感で体がいっぱいになり、べそべそ泣きながらリボンと書類を片付けて何も飲まずに眠りました。
死ねなかった事が悲しくて、でも勢いで死のうとした事も悲しくて気持ちがぐちゃぐちゃでした。
その話を次の病院ですると抗うつ薬は出なくなりました。
話によると薬のせいで思考は落ち込んだまま行動力だけ強くなってしまい自殺に走る人もいるのだと言うことでした。
抗うつ薬を飲んでいる時は確かに気持ちが一人で泣いている時よりずっと楽で頼りたくなるけれどあの行動力は確かに今の私では出せないもので
楽になりたい、薬を飲みたいと思う度に少し思い出してぞっと背中が冷えるのです。
まや
彼の背中と
仕事が全部片付き、家に帰ると
彼は暗くて小さい部屋の奥で
一人用の布団を半分だけ使って小さくくるまって寝ている。
私は今昼の仕事と夜のバーを掛け持ちしている。
よくある、追い込まれてお金が無くて焦ってバイトの面接を詰め込みすぎる癖の仕事に就けてしまったパターンだ。
そのために朝早くから夕方までが仕事の彼と生活パターンが合わなくなってしまった。
彼を出来るだけ起こさないようにさくさくと顔を洗って着替えて布団に潜り込むと
彼は大概私に背を向けてさらにコンパクトな形になる。
そしてその頭や背中を撫でながらそっと今日のことを振り返るのが最近の日課である。
バーの仕事は未経験のことばかりで新鮮な毎日だ。それと同時にかなり神経がすり減る仕事でもある。
何より、多忙な彼との大切な時間が削れるのは想像以上に私にはダメージが大きすぎた。
興味もない人とどうでもいい話をして水を流し込む時間なんかより彼の隣に座っている時間の方がずっとずっと私のためになる。
寝ている彼の背中を撫でながら寂しくて悔しくて悲しくてずっと悶々と考え込むのだ。
バーでの経験ができたからこそ、彼との時間をきちんととる事が私の生活の大切なポイントだとしっかり気づくことができたのは唯一の利点か。
彼が私の家に住むようになって随分経つが、実家も近い彼にとって私もいないひとりの部屋に帰る必要も寝る必要もないのに
私の部屋に来て1人で時間を潰して寝て私が帰った時寂しくないよう居てくれている。
それがまた申し訳なく、そしてありがたく、この時間はやっぱり家にいるべきと思うのだ。
そんな優しい彼が大好きだ。
彼と生活しやすい仕事に見直していきたいと考えつつ、
明日に向けて今日はもう眠ろうと思う。
まや
人に会うのもまた、ひとつの自傷だった。
深夜1時を回った頃、店内に客の姿はなく学校の休み時間のような拘束された暇な時間に皆飽きていた。
そんな中一人の女の子が自分はメンヘラだしリストカットやレッグカットをしていると言い、
皆がその傷跡を興味深そうに覗き込みに行ってしまった。
「ほんとに切ってる、痛そう」
「浪費癖も一種の自傷らしいよ」
そう騒ぐ声を背に私はひたすらゲームに集中しようと画面を睨み続けた。
私は自傷という言葉も、行動も、その跡もとても苦手だ。
わかりやすい例としてよく言われるリストカット等は聞いただけでドキドキして見ると手が痛くなって苦しい。
でも理解できない訳ではなくて自分を傷つけないとどうしようもない焦りに駆られる時は私にもあって、それがまた辛かった。
浪費癖も自傷、と聞いて私はふっと思い当たることがあった。
心が満たされず、寂しくて苦しくて自分が嫌いで何もわからなくなった時、
私は人に会いたいと焦る時があった。
そしてそれは私を否定せず、私に優しく、そして私に興味がなさそうな人じゃないとダメだった。
私が生きようが死のうが世の中は変わらず回ると実感したくて、そういう人に会うと落ち着くと信じていた。
そしてそれは、きっと自傷だったんだと思う。
私に優しくても私を否定しなくても、私がいなくなった時にそれに気づかないくらい普通に世の中は平和に回ると思い込みたかった。
そして自分は消えてもいいと思いたかったのだ。
なんだか、可哀想だと今になればわかる。
苦しい時、以前よりも外に吐き出すことができるようになってきた。
それは彼のおかげであり、聞いてくれる人がいる、私を愛してくれていると信じているから出来るようになってきたことだ。
彼はそれを聞いてそれならこうしようとかこうじゃないとかそういう話をしてくる人ではないけれど、ただ聞いて優しくしてくれる。
それで私はやっと辛い時には優しくしてもらいたい、彼に会いたいとすぐに浮かぶようになり以前のような事はなくなった。
今でも自分は無価値と思うのはほとんど毎日だし常にだし
自分を傷つけることがなくなったわけではないけれど
少しずつ自分を認めていけているのかな、と考えると少し嬉しかった。
1時半を回っても流れ作業のようにゲームは続き
相変わらずメンヘラとは何かという話で周りは盛り上がっていた。
「ねぇ、まやちゃんはメンヘラ?」
リストカットの張本人である女の子が振り返って私に問いかけた。
「さぁ、うーん、どうだろう」
その質問に胸が苦しくなり、思わず隠した後ろ手で爪を毟りながら私は笑った。
「まやちゃんはそんなことなさそうやけどなぁ」
と笑いながら皆は片付けに向かっていった。
私も全部がなおっていく訳では無い。
まだまだズレた所はたくさんあるけれど少しずつ綺麗にしていきたいな、とザラザラの爪を撫でながら考えていた。
まや
出ても出なくても電話は怖い
久しぶりに病院に診察予約の電話をしました。
新年早々予約をすっぽかしてからずっと悩んでいた事、1つ解決。
それにしても電話って怖いと思いませんか。
電話マークのアプリアイコンを押すところから勝負は始まっています、私の場合。
大体3コールは聞く心構えでボタンを押す、意外と早く出る、どもる。
もしくは意外と出ない、切るタイミング逃す、へこむ。
今回の場合は意外と早く出てしまった為に話す心理士さんに重ねに重ねて喋り続けてしまう始末でした。
世の仕組みのキャンセルと予約全てをネットかメールにしてほしい。切に願います。
まや
憂鬱に打ち勝てない日の話
ほとんどの日が憂鬱だ。
しんどいし、苦しいし、死ぬ事や消える事ばかり考える。
もしくは何も思いつかないけれど苦しい。
それはもうデフォルトなんだけれど
それもとても重い日と何とかなるような日がある。
朝からぼーっと天井を見て
いつのまにか泣いて昼ごはんを作って
彼が帰って来る時間だけは考えなくて済むけれど、いなくなった瞬間
次しようとしていた皿洗いも洗濯もできずまたいつの間にか泣き出してしまって寝てしまって
彼のLINEで起きればもう夕方だし
それもなければ起きたら外が暗くなりかけている。
どうしようもないから出来る限り人には出したくないけれどそれも無理で
早く楽になりたい。
重い日にもう今日こそ今こそ死のうと思った日に
何とか自分を止めようと思って死にたい気持ちと死にたくない気持ちがぐちゃぐちゃになって逆に気持ちが無駄に静まり返った日がある。
出来る限り最小限に迷惑をかけずに死ぬ計画を立てなければいけなかったし
そのためには今日は死ねないけれど確実に死ぬ為の大切な計画だった。
だから真剣に考えた。その時の私の精一杯だった。
それを彼は見てしまったようだ。
見せたくなかった。知られたくなかった。
ただ、その時必死だったからどのノートかも覚えてなくてそのノートを無防備においていた私の不注意だった。
私の死にたい気持ちは何とかギリギリを保っていて誰かが関わるとどうなるかわからなくて
それも怖くて人には絶対見せたくなかった。
燃やそうかと思ったけれど、面白いから置いておく事にした、と彼は言っていた。
私は自分の気分が荒れている時の言動に対しての彼のコメントは上手く飲み込めない。
噛み砕いてどう言う気持ちで言っているのか理解できないのだ。
その時の自分の気持ちもよくわからない。麻痺しているような感覚で他人事に見えるくらいよくわからない。
不快にさせたんだろうと言うことはわかった。
悲しい思いもさせただろう。
どうして面白いという方向に持っていったかはわからないけれど。
わからない。暖かいものに包まれて彼に抱きしめてもらってそのまま死にたい。
最後にめちゃくちゃ幸せな思いをしてそれ以上辛くならないうちに死にたいなんて本当にわがままだ。
申し訳なくても考えたくなくても憂鬱になって悩み続ける自分が嫌い。
まや